ちょうど二年前。
それはケシパールのオープンから1ヶ月半前。
達也は神戸で一足先に開業のための準備中。
私は新橋にあるカフェで働いていました。
ドン!という音と、
大きくて長い揺れ。
道路標識や看板がぐらぐら揺れ、
立っている人がしゃがみこみ、
ガラスの割れる音や、
ギシギシと建物がきしむ音が響く。
湧き上がる悲鳴、
道路にまで溢れた人、人、人で、
まさにパニック状態。
営業はすぐに停止して、店を開放し、
溢れかえる人びとに、
店のコーヒーや、フードをサーブしたり、
言葉を交わしたりしながら、
店長と、避難してきた人たちと一緒に、
不安な夜を過ごしました。
次の朝になっても、道路に駅に、人は溢れていて、
次の次の日も、その次の日も、
やっぱり街に日常は戻ってこなくて、
東京はこのまま、どうなってしまうんだろうかと、
本当に怖くなりました。
でもそんなこと、取るに足らないものだったと。
少しずつ被害が明らかになってきて、
愕然としました。
現実感もわかないくらい
とてもとても恐ろしい惨状。
今まで積み上げてきたものが、
全てリセットされたような絶望感。
あの日から戻って来ない日常。
被災地では、今だにそれが続いています。
私たちは、何をすべきなのか。
何ができるのか。
二年前の、震災を通じて辿り着いたケシパールの始まり。
もう一度、しっかりと心に焼き付けて、
ケシパールと共に成長していけたらと思います。
被災された地域の皆さまに、
一日でも早く、
日常が戻りますように。
心からお祈り申し上げます。
カフェケシパール 達也・名都子


コメント