ケシブログ!オーナー(夫)たつパールです。
本日で、震災から31年が経ちました。

昨年30年という節目で、しっかりブログを書いてから早1年。
→昨年のブログ
月日が流れる体感時間は、年齢の逆数に比例すると、よく聞きます。
4月のケシパール14周年でブログを一新した割には、更新があまりできないのも、時の早さゆえ…(iiwake!!)
毎年セットで振り返ってしまいますが、15年前の3.11の東日本大震災では、僕が神戸でケシパ準備、なつパールが東京で仕事中でした。
被災した方と比べるまでもないですが、大変な経験ではありました。
一方、阪神淡路大震災の時には、僕はまだ10歳で六甲山の裏側に住まい、なつパールは愛媛ということもあり、経験や記憶としてはやっぱり薄いものになります。
それでもなにか、去年あたりから、
阪神淡路大震災について思いを巡らさないと気が済まないようになってきました。それは義務感ではなく、ただそういう意志が自分の中に、不思議と存在してます。
それはただもう歳のせいなのか。
息子や娘が、学校や保育園で聞いた震災のおはなしを、我々に伝えてくれるからなのか。
子供達はもちろんそうなのだけど、僕たちたつなつパールにとっても、この神戸が”ふるさと”になりつつあるのか。
なんだか色々なことを考えるおじさんです。
この一年、直接的ではないけど、考えさせられた出来事がたくさんありました。
僕が生まれたときはまだ”終戦40年”でした。
その倍、終戦から80年を迎えた昨夏。
終戦からの40年と、僕が生まれた後の40年でどれくらい”時代”が変わっただろう。
反対に、終戦の80年前…1865年は、なんと慶応元年。江戸時代最後の3年です。
現代人の寿命も80年。月日は短く過ぎ去るのに、なんだかとても重たい。
終戦当時15歳くらいだった、僕のばあちゃん。
昨年の春に会いに行けましたが、
いまだに当時のことを話してくれる時には、目に涙がにじみます。
宮崎は遠いけど、なるべく毎年会いたいなあ…。

宮崎のゆるキャラ、宮崎犬。イカす!
15歳の少女が、95歳となって、ひ孫に肩を揉んでもらう光景。
80年でそれだけ時代も風景も変わるんだもの。
数年で、メディア、政治、国際情勢、そりゃ色々変わるでしょう。
この冬のスタッフ募集、いつもたくさんご応募ありがとうございます。
気になったのは、動機やPRの文章を、AIで作ってる人が少なくとも半分くらい…、びっくりはしたけど、それも時代。
文章を整えること自体は、手伝ってもらったらいいと思うけど、
「自分自身が何を感じ、何を思う」まで、”AI”とか”ネット上の知らない誰か”に委ねたくないな…。
変わること、変わらないこと。
変えたいこと、変えたくないこと。
変えたいのに、変われないこと。
変えたくないのに、変わらざるをえないこと。
情報に溢れきった”世界”に包まれて、
何を吸って何を吐き、何を感じて何を思い、そして何を選択し、行動するのか。
僕は今、震災ブログにかこつけて、
ポエミーなブログを世間にさらそうという選択をし、
それを書いているところ(ポエポエキューン!)
時代なんてずっと変わってきてるもの。
たくさんの人が何を感じ、何を想い、何をつむいできたのか…。
震災から31年。
震災で亡くなった方々に改めて哀悼の思いを
残されたご家族や知人の方々、
大変な思いをされた全ての方に、お疲れ様を
そこから15年で、
神戸にカフェを開けるまで復興してくださった方々に感謝を
そこからさらに15年近く、
ケシパールを日々営めていること、関わってくれたすべて人たちにも感謝を
そして、平和で平穏な日々と未来を願って、
捧げます!
「献おにぎり2026~日の丸ver~」

なつパールがつくってくれるおにぎりはほんと美味しいんだなあ。
もちろん今年も掬星台。

黄砂がひどくて景色が霞む、涙と鼻水で視界がもっと霞む。
全景の写真の、右の埋立地がポーアイ、そして神戸大橋。
その拡大が次の写真。

ケシパもスタンドもビル自体が隠れて見えません。
でも確かにケシパールもここに在って、変わり変わらず、でも何かを感じ、何かを想い、そして必死に営み、そして何かをつむいでいきます。
ちっぽけだけど、頑張ってるなあ^^
ありがたいことです。
2026.1.17 たつパール


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