こんにちは!なつパールです!
気がつけばすっかりひっさしぶりに👀
日々の営業の中であんなこんなしていたら、
なかなか更新しないまま年末を迎えてしまいそうです…。
今日は最近増えた「ケシパール文庫」の一つをご紹介しようと思います🐸

その前に、
遡ること1年以上前…
小学1年生になった長男の、「道徳」の授業参観にいってきました。
その授業参観時に題材になっていたお話が、こんな感じでした。
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あるサッカー少年が、サッカーの試合で、
なんか全体的にうまくいかなくて、全然いいとこ見せられなかった。
むしゃくしゃしながらの帰り道、前方に、おばあちゃんが重そうに荷物を抱えて歩いているのを発見。
近づいて見てみると、めちゃくちゃ知ってる近所のおばあちゃん。
「荷物持ちますよ」と申し出て、一緒に家まで運んであげた。
おばあちゃんが「助かった。本当にありがとう。」と言った。
少年はまるで、自分でゴールを決めたかの様な気持ちになった。
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なんか、すごく「これよこれ」感があったんですよ、これが。
ケシパールで、私たちが日々目指している「笑顔で笑顔を作る」ということ。

それは、
「自分のポジティブなエネルギーで目の前の人にポジティブなエネルギーを与える、伝染させる、感化させる」
という様な意味なのですが、
それを目指すことを、掘り下げれば掘り下げるほど、
「幸福学」という領域に入っていってしまいます。
(⚠️宗教ではないです!れっきとした学問です!
詳しく知りたい方は是非店頭の「ケシパールの10年」の本にて!)

そこでたどり着く「一つのざっくりとした解」というのが、
「人に幸福をもたらそうと行動することが、自分の幸福につながる」
という様なニュアンスのことです。
(もちろん、それが全てではないし、それだけでは「幸福」に直接結びつくのは難しい。)
それがすごく表れているお話だなーと、
子供たちと一緒にすごく真剣にお話を聞いていたわけです。
そして、一年生の子供たちが、
そのお話を読んだ後に、
「なぜ少年が『自分がゴールを決めた様な気持ち』になったのか」
をそれぞれ考えて、発表していました。
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「おばあちゃんが喜んでくれたから」
「優しいことをしたから」
「大変だったおばあちゃんの役に立てたから」
「助けてあげて、おばあちゃんがありがとうって言ってくれたから」
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なんとも的を得てると思いませんか。
そう思いながら、
「私が一年生の頃の道徳ってどんなことやってたかなー」と
自分の頃を振り返ってみました。
思い出したのは、
ちょうど私も、自分が1年生の時、
授業参観が道徳で、
こんなお話だったこと。
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向こう岸に渡るために一本橋しかなくて、
でもその橋が壊れていて、渡れずに困っていた小さい動物たち。
それに気づいて、大きなくまさんが、
動物たちを抱っこして対岸へ運んであげました。
運んでもらった動物たちの気持ちとセリフ、くまさんの気持ちとセリフを考えよう!
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今思うと、これも「これよこれ!」なんですよね。
優しくされた方も、優しくした方も、
みんな幸せ。ぽかぽか。嬉しい気持ち。
すごく単純で、
すごく優しくて、
すごくポジティブな図式。
「幸福学」という学問自体は、
高度経済成長が一通り完了したあと、
「便利で豊かになったはずなのに、幸福度が上がっていないなんておかしいじゃない!」
というところから生まれた学問分野なので、
しっかりと体系立てられたのは昨今(2000年以降)なので、
私が受けていた頃の道徳教育と、
現在息子が受けている教育ではもしかしたら芯になっている部分や
教育の成果として求めているゴールは違うのかもしれません。
でも、
そもそも、ブッタの時代には「利他」の精神、
キリストでは「隣人愛」の重要性は言われているわけで、
「他人の幸福を目指す行動」というものが、
「人がよく生きる上で重要な1ピースである」ということは昔から語られ、
引き継がれてきているわけです。
そしてそれは、
我々が幼い頃に「学んだから」というよりは、
きっと本能に、
少しずつ組み込まれているものなんだなと感じる場面に、
(子育てをしていると特に!)よく出くわします。
そもそも、「人間」という生物が、
社会を形成して生きる生物であることを考えれば、
共同体を形成する仲間への貢献や、
仲間からの感謝というものが、
本能的に心地よいと感じるのはもっともな気がします。
子供の、純粋に「これがいい」と思ったことを素直に実践できる心。
誰かもなぜかもわからないけど、目の前の泣いている子をよしよししてあげるその手に、
何かがわからなくて困っている小さいお友達を見つけたら、
自分もわからなくて困っちゃっても、手をつないであげるその優しさに、
保育園の玄関で「ままー」って泣いちゃってるお友達に、
「大丈夫やで。お仕事終わったら迎えにきてくれるで。」って言いながら靴を履かせてあげるその姿に、
教育の成果というよりもむしろ、
本質的に備わった「善」や「愛」みたいなものを、感じずにはいられません。
でも、大人になっていく過程で、
たくさんの人それぞれに違った感情があり、
それが自分に想像のつかないこともあり、
取り違えたり、読み誤って失敗したりするうちに、
どんどん臆病になっていってしまう…
失敗を恐れ、
間違った推測をし、
自分じゃなくても、と気配を消して、
正解のわからない、
ある意味で「面倒な事態」から一歩引いてしまう様になるわけです。
特別、「感情を表現するのが苦手だ」「積極性に欠ける」と言われている日本人である私たちにとっては、
文化の特性上、そういう方向に進んでいってしまうことが、顕著で一般的なのかもしれません。
(ここでは、犯罪に走ってしまう様なレベルのことに関しては議論していませんが。)
逆に言えば、
日々のその「良い精神」みたいなものを言語化したり、
人と確かめ合うことを通じて、
実践できる勇気や自信につながっていくのだな、ということを、
改めて感じるわけであります。
大事だからこそ、
幼少期の教育の中にも組み込まれているのでしょうけれど、
本当に大事なのは、
もしかしたら中高生や、大人に対する働きかけなのかもしれない、
そんなことを思ってしまいました。
長くなりました。
そんなこんなでつい先日、
2年生になった息子の国語の音読で、
アーノルド・ローベル先生の「がまくんとかえるくん」シリーズの中の、
『おちば』のお話が出てきました🍂
(ケシパール図書としておくことになったので!)
内容はここではあえて詳しく触れませんが、
「誰かのために」という行動が、自分のこころをあたためるということが、
とても優しく易しく描かれている作品です💖
私自身、読書が大好きだったし、
このシリーズのことももちろん知っていたので、
子供の頃に読んだことがあったかもしれません。
でも、
大人になった今、「沁みるお話だなー」と、
なんだかじんわり感動してしまったわけです。
ケシパールに宿している精神にもとても通じる部分があったので、
すぐにシリーズ4作全てを購入し、
全部読んでみました。
この「おちば」の様な、
我々の人生に対して教訓になることや、ためになることもありますが、
がまくんとかえるくんの、
なんともない日常のやりとりみたいな内容のお話も、
何かがうまくいったり、うまくいかなかったり、
ポジティブだったりネガティブだったり、
愛があったり不安になったり、
そんな色々の中で生きていて、
お互いにどこかで支え合っている2匹の様子が描かれていて、
全てがうまくいくわけでも、
努力したら必ず報われるわけでもない、
報われたとて、それをどう思うかはその人次第だったり。
そんなある意味で現実感のある2匹の「愛おしい日常」が描かれていて、
子供はもちろんなのでしょうが、
大人になっても読み進めてられて、
「おもしろいな」と思える内容でした。
絵本というジャンル、メルヘンというジャンルではありますが、
ちょっとしたエッセイを読んでいるかの様な、
不思議な感覚で読めちゃいます😊✨
そんな「がまくんとかえるくん」のシリーズ、
現在スタンドに置いてあります🐸
たまには絵本なんかも読んでみてくださいね💖
こころがほかっと温まり、
軽やかになるかも🤲

ついでに…
先週末から登場の、冬のジューシードリップ、
今回は「Bittersweet」のブレンドを使用した、クリスマス感あふれる味わいです💖
いつもすぐに完売してしまうので、
見つけた時が頼みどき💕ですよ♪

ではでは皆さまメリークリスマス🎄



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